今、パラリンピックが行われています。
TVでパラピックをとりあげているのは、NHKくらいでしょうか。
健常者のオリンピックと比べ、世間の注目はあまりにも低すぎると思うのは私だけではないでしょう。
民放はスポンサーンの影響をうけます。スポンサーといえば、日本の大企業です。
オリンピックが終わり数週間がたった今でも、オリンピックのメダリストが様々な番組に出演して、エピソードを紹介しています。
その一方で、パラリンピックが現在行われているのにも関わらず、世間の話題にあがりません。
簡単に大企業の思惑とは断定はできません。企業は一般人の嗜好を感じ取っています。つまり、一般人の私たち自身が関心を持っていないのが実態なのかもしれません。
常に注目されるのは、例えば、オリンピック、「100m走で9秒台を出す」です。パラリンピックの10秒台はそれほど注目されません。
どちらが偉業なのでしょうか。「簡単な論理」では、当然9秒台になります。
グランドスラムをまだ制覇したことのない、錦織選手は世界的にも有名なテニスプレイヤーです。グランドスラム(車いす)を何度も制覇した国枝選手はどうでしょう。成績は国枝選手のほうがはるかに優秀です。ですが、。。。
別のみかたでこれはどうでしょう。
Aさんのお父さんは中小企業の係長で年収500万円。Bさんのお父さんは大企業の専務で年収1500万円。「簡単な論理」では、Bさんのお父さんのほうが偉いといえます。
ですが、これはおかしな論理です。
偉業、偉い、尊敬できる、あこがれる等。私たちはこれらの定義を数字で計ろうとします。しかも、その数字は記録というよりも、いくら稼いだかで優劣を決めている気がします。
アフリカ、東南アジアで教育も食事も十分与えられない子供たちが大勢いる一方で、お金の大小で人の価値を決める先進国のあり方は大きなあやまりです。
私自身、中学、高校、大学でテニスをしたスポーツ大好き人間でした。しかし、最近のスポーツを取り巻く環境を見ると正直こころから楽しめません。
ふと思うのですが、プロスポーツ、芸能人、政治家など知名度の高いひとだから偉いとか尊敬できるというのはあまりにも稚拙です。覚せい剤、ドラッグ、賭博、性犯罪、汚職。。。 よくニュースになりますね。
人の価値は数字では決めることができません。平のサラリーマンも有名プロスポーツの選手も、違いはほとんどないものです。