2016年9月19日月曜日

パラリンピックはなぜ注目されない

今、パラリンピックが行われています。

TVでパラピックをとりあげているのは、NHKくらいでしょうか。

健常者のオリンピックと比べ、世間の注目はあまりにも低すぎると思うのは私だけではないでしょう。

民放はスポンサーンの影響をうけます。スポンサーといえば、日本の大企業です。

オリンピックが終わり数週間がたった今でも、オリンピックのメダリストが様々な番組に出演して、エピソードを紹介しています。

その一方で、パラリンピックが現在行われているのにも関わらず、世間の話題にあがりません。

簡単に大企業の思惑とは断定はできません。企業は一般人の嗜好を感じ取っています。つまり、一般人の私たち自身が関心を持っていないのが実態なのかもしれません。

常に注目されるのは、例えば、オリンピック、「100m走で9秒台を出す」です。パラリンピックの10秒台はそれほど注目されません。



どちらが偉業なのでしょうか。「簡単な論理」では、当然9秒台になります。


グランドスラムをまだ制覇したことのない、錦織選手は世界的にも有名なテニスプレイヤーです。グランドスラム(車いす)を何度も制覇した国枝選手はどうでしょう。成績は国枝選手のほうがはるかに優秀です。ですが、。。。


別のみかたでこれはどうでしょう。

Aさんのお父さんは中小企業の係長で年収500万円。Bさんのお父さんは大企業の専務で年収1500万円。「簡単な論理」では、Bさんのお父さんのほうが偉いといえます。

ですが、これはおかしな論理です。

偉業、偉い、尊敬できる、あこがれる等。私たちはこれらの定義を数字で計ろうとします。しかも、その数字は記録というよりも、いくら稼いだかで優劣を決めている気がします。


アフリカ、東南アジアで教育も食事も十分与えられない子供たちが大勢いる一方で、お金の大小で人の価値を決める先進国のあり方は大きなあやまりです。


 
私自身、中学、高校、大学でテニスをしたスポーツ大好き人間でした。しかし、最近のスポーツを取り巻く環境を見ると正直こころから楽しめません。


ふと思うのですが、プロスポーツ、芸能人、政治家など知名度の高いひとだから偉いとか尊敬できるというのはあまりにも稚拙です。覚せい剤、ドラッグ、賭博、性犯罪、汚職。。。 よくニュースになりますね。

人の価値は数字では決めることができません。平のサラリーマンも有名プロスポーツの選手も、違いはほとんどないものです。














2015年10月14日水曜日

松茸はおいしい?

なぜだか、日本人の多くは、松茸を食べると喜びます。

正直、私は松茸より、シイタケのほうがおいしく感じます。
香りがよいといいますが、それほど良いとは思いません。

実は、松茸を好んで食するのは日本人だけで、欧米人は香りすら好まない傾向にあります。

それほど好きでない食べ物が高額なのですから、私にとっては全く興味のない食材です。

高額な食材=おいしい
これはある意味怖い思い込みです。

安物の洋服を着ている人は、性格が貧しい。
容姿がきれいで、高級品を身に着けている人は人生の勝ち組で、皆から尊敬される。
金メダリストは、偉大で、優れた人格を持っている。
日雇いの仕事をしている人は、人生の負け組で、尊敬できない。
警察官は人格者だ。

このような考えを持っている人を多く見かけます。

ところが、現実は全く逆のケースもあります。

見かけによらないことが現実には多くあります。

極論を言えば、金メダリストも平凡なサラリーマンも人間としての価値に違いは全くないということです。


2014年5月4日日曜日

イドラとは

イドラ(ラテン語: idola)の意味は、先入観、偏見の意味で、40年前、高校の倫理社会の授業で教わった言葉です。「種族のイドラ」、「洞窟のイドラ」、「市場のイドラ」、「劇場のイドラ」に分類されます。

高校時代にこの言葉の意味を教わり、以来、特に、劇場のイドラに関心を持ってきました。冷静なときに自分自身の考えと行動が「劇場のイドラ」に影響を受けていないか可能な限り考えるようにしてきました。

「劇場のイドラ」は、現在では、TVやインターネットからの情報で、視聴者や読者は知らぬ間にある偏見的な考えを持つようになってしまう怖さを表します。

「劇場のイドラ」は時には、国民全体を戦争へと駆り立てさせることも可能です。新聞やラジオで欧米を「鬼畜米英」として、「敵」である印象を多くの国民に与えました。欧米でも当時のマスメディアを利用して日本人を蔑む言葉「Yellow monkey Jap」 として、見ていました。

もちろん、そのような時代でも「劇場のイドラ」に影響を受けずに自分の信念を貫いていた人もいますが、このイドラの恐ろしさは短期間で、まるで催眠術にでもかけたように、多くの人に最悪のイドラを植え付けることができることです。

「劇場のイドラ」はますます増えてきているような気がします。インターネットの普及が拍車をかけました。たとえば、官僚はずるい人、スポーツ選手は良い人。そんなイメージをもっていませんか。

このブログで、私が見つけた 「劇場のイドラ」を書きとめようと思います。